5 因果推論の初歩 ── どの変数を「調整」すべきか
発展的な話題 この章は講義の中心から一歩進んだ内容です。1回生のうちは細部にこだわらず「考え方の地図」をつかむことを目標に、必要になったら戻ってきてください。
「関係のモデリング」「線形モデル」の回で、線形回帰を使えば複数の変数の影響を同時に扱えることを学びました。すると自然にこう思いたくなります ― 「手に入る変数は全部モデルに入れておけば安心だろう」。しかし因果関係を読みたいとき、これは正しくありません。入れるべき変数と、入れてはいけない変数があるのです。この章では、線形モデルでの 共変量調整(covariate adjustment) を題材に、「どの変数を含め、どれを外すか」を 因果グラフ(DAG) の言葉と簡単な数式で整理します。
第3節(交絡は入れる)と第4節(コライダーは入れない)が核心です。両方とも「線形モデルの係数がどうずれるか」を手計算で確かめます。第6節の表が結論の早見表です。
1. 相関は因果ではない ── そして、その先へ
「アイスの売上 X と水難事故 Y には正の相関がある」。しかしアイスが事故を起こすわけではありません。背後に「気温 C」という共通の原因があり、暑い日はアイスも売れるし、泳ぐ人も増えて事故も増える。X と Y の相関は C が作った見かけです。
観察データから「X を変えたら Y はどう変わるか」という因果効果を知りたいとき、こうした邪魔者を取り除く操作を 調整(adjustment) または 統制(control) と呼びます。
「調整する」とは、線形モデルで何をすることか:言葉を先にはっきりさせておきます。Y を X で説明する線形モデル Y=\beta_0+\beta X+\varepsilon に、共変量 C を説明変数として追加したモデル Y=\beta_0+\beta X+\gamma C+\varepsilon を当てはめる ― 線形モデルで「C で調整する(C を統制する)」とは、この追加のことです。追加すると、X の係数 \beta の意味が変わります。重回帰の \beta は 偏回帰係数、すなわち「C の値を同じに保ったまま、X が1増えたときの Y の変化」を表すようになる。つまり C を回帰に入れることは、「C が同じ個体どうしを比べる(C で層別して比べる)」ことをモデルの上で一挙に行うのと同じで、これによって C 経由の影響を取り除いた X の効果が読めるのです(式での確認は第3節で行います)。
問題は、
どの変数を回帰に加えるべきか? そして、加えてはいけない変数はどれか?
この問いに、変数の「足し算」ではなく因果の構造から答えるのが因果推論です。まずは全体像を1枚の図で示します(図 1)。用語は次節以降で説明します。
図の見方:交絡(共通原因。調整に入れる)/媒介(中間。全効果を見るなら入れない)/コライダー(共通結果。入れない)。なぜそうなるのかを、以下で順に確かめます。
2. 因果グラフ(DAG)の言葉
変数を点(ノード)、直接の因果関係を矢印で表した図を 因果グラフ、とくに矢印が一方向で循環しないものを DAG(directed acyclic graph、有向非巡回グラフ) と呼びます。矢印 A\to B は「A が B の直接の原因」を意味します。
変数3つの並び方には、本質的に次の3パターンしかありません(図 2)。
- (a) チェーン:M は X の効果を Y に伝える「中継ぎ」(媒介)。
- (b) フォーク:C は X と Y の「共通の原因」(交絡)。
- (c) コライダー:K は X と Y の「共通の結果」(合流点)。
X から Y へ、矢印の向きを無視してたどれる道を パス といい、とくに X の原因をさかのぼって Y にいたる「裏口」を バックドアパス(例:X\leftarrow C\to Y)と呼びます。因果効果を歪めるのは、このバックドアパスを通じて流れ込む関連です。
ポイントは、ある変数で 条件付ける(=回帰に入れる・値を固定する) と、パスの「通り道」が変わることです。
- チェーン・フォークの中間変数(M や C)で条件付けると、そのパスは ふさがる(ブロックされる)。
- コライダー(K)は逆で、何もしなければ閉じているパスが、K で条件付けると 開いてしまう。
この非対称性が、以下のすべての判断の根拠になります。
3. 交絡(フォーク)は調整する ── 入れないとバイアス
共通原因 C(フォーク X\leftarrow C\to Y)は 交絡因子(confounder) です。これはモデルに入れるべき変数の代表で、入れないとバイアスが出ます(図 3)。線形モデルで確かめましょう。
真の構造を次とします(\varepsilon は X,C と無相関のノイズ)。 Y=\beta X+\gamma C+\varepsilon,\qquad \gamma\neq 0. C は X の原因でもあるので、観察データでは X と C は相関します(\text{Cov}(X,C)\neq 0)。いま C を省いて Y を X だけに回帰すると、最小二乗法が与える係数は \hat\beta_{\text{naive}}=\frac{\text{Cov}(X,Y)}{\text{Var}(X)}. 分子を展開します。 \text{Cov}(X,Y)=\text{Cov}(X,\ \beta X+\gamma C+\varepsilon) =\beta\,\text{Var}(X)+\gamma\,\text{Cov}(X,C). したがって \boxed{\;\hat\beta_{\text{naive}}=\beta+\gamma\,\frac{\text{Cov}(X,C)}{\text{Var}(X)}\;} 第2項が 欠落変数バイアス(omitted variable bias) です。X と C が相関し(\text{Cov}(X,C)\neq0)、C が Y に効く(\gamma\neq0)かぎり、\hat\beta_{\text{naive}} は本当の因果効果 \beta から系統的にずれます。アイスの例なら、気温 C を無視したぶん、アイスが事故を増やすかのような正の係数が出てしまう、というわけです。
C を入れて重回帰 Y\sim X+C にすれば、X の偏回帰係数は「C を一定にしたうえでの X の効果」となり、\beta を回復します。これが「上流にある交絡(共通原因)は調整に含める」根拠です。
4. コライダーは調整してはいけない ── 入れると選択バイアス
次は逆向きの注意です。共通の結果 K(コライダー X\to K\leftarrow Y)は、モデルに入れてはいけない変数の代表です。入れると、本来なかった関連が生まれます。
いちばん鮮やかな例として、X と Y がまったく独立(\text{Cov}(X,Y)=0)な場合を考えます(図 4)。両方が影響する合流点を K=X+Y とします。
ここで K で条件付ける ― すなわち K=k となる個体だけを選んで見る、あるいは K を回帰に加える ― と何が起きるか。X,Y を標準正規として、条件付き共分散を計算します。 \text{Cov}(X,Y\mid K)=\text{Cov}(X,Y)-\frac{\text{Cov}(X,K)\,\text{Cov}(Y,K)}{\text{Var}(K)} =0-\frac{1\cdot 1}{2}=-\frac12. 独立だったはずの X と Y が、K で条件付けただけで 負の共分散 -\tfrac12 をもってしまいました(K=X+Y を固定すれば Y=K-X なので、条件付き相関はなんと -1 ― 完全な負の連動です)。これは因果関係のない見かけの関連です。
直感はこうです(バークソンのパラドックス)。入試の合格 K が「才能 X + 努力 Y」で決まるとします。母集団では才能と努力は無関係でも、合格者だけを見れば(K がほぼ一定)、才能が低いのに受かった人は努力が高かったはず ― だから合格者の中では才能と努力が負に相関して見えるのです。
「合格者だけを見る」とは、まさに コライダーの値で標本を選ぶ ことにほかなりません。だからコライダーでの条件付けが生む歪みを 選択バイアス(selection bias) と呼びます。回帰に K を入れることは、暗黙にこの選択をしてしまうのと同じで、X と Y に偽の関連を持ち込みます。
要点:交絡(共通原因)とコライダー(共通結果)は、見た目は同じ「X,Y 両方とつながる変数」でも、調整の作用が正反対。交絡は入れて初めてパスがふさがり、コライダーは入れるとパスが開く。
5. 媒介変数・下流の変数も入れない(全効果を見たいとき)
コライダー以外にも、入れると害になる変数があります。
- 媒介変数 M(チェーン X\to M\to Y):M は X の効果を Y へ伝える中継ぎです。これを調整すると X\to M\to Y の道がふさがり、X の効果のうち M を経由する分(間接効果)が消えてしまいます。X の 全効果(直接+間接)を知りたいなら、媒介変数は 入れない(入れると「過剰調整 over-adjustment」)。
- 結果 Y の下流にある変数(Y の子孫):Y の後に起きることを説明変数にすると、結果を使って原因を説明する倒錯になり、やはり関連を歪めます。
逆に、Y の原因ではあるが X とは無関係な変数は、因果効果のバイアスには影響せず、入れると推定の精度を上げてくれます(分散が小さくなる)。つまり「入れてよい/むしろ入れたい」変数もあります。
実務での大まかな指針は、調整に使う変数を処置(X)より時間的に前に決まっているものから選ぶことです。X より後に決まる変数は、媒介かコライダー(またはその子孫)である疑いが濃いからです。ただし「処置前なら常に安全」というわけでもありません。処置前の変数が(測っていない原因たちの)コライダーになっている構造では、条件付けるとかえって閉じていたパスが開きます(M バイアスと呼ばれる形です)。最後の判断の根拠は時間順序ではなく、あくまで DAG(因果の構造) です。
6. 「全部入れればよい」ではない ── まとめの基準
以上を一般化したのが バックドア基準(backdoor criterion) です。ざっくり言えば、調整に使う変数の集合 Z が
- X と Y の間のすべてのバックドアパスをふさぎ(交絡を漏れなく入れ)、かつ
- X の下流(子孫)を含まない(媒介や、X の結果であるコライダーを入れない)
という2条件を満たすとき、線形モデルが正しく指定され、未測定の交絡がないかぎり、線形モデル Y\sim X+Z の X の係数は、X の 因果効果 に一致します。
| 変数の型(DAG上の位置) | 例 | 調整に入れる? | 入れ間違えると |
|---|---|---|---|
| 交絡(共通原因・フォーク) | 気温、年齢 | 入れる | 欠落変数バイアス(第3節) |
| コライダー(共通結果) | 合格・受診の有無 | 入れない | 選択バイアス(第4節) |
| 媒介(中間・チェーン) | 経路上の中間変数 | (全効果なら)入れない | 過剰調整(第5節) |
| X・Y の下流 | 結果の後の指標 | 入れない | 関連の歪み |
| Y だけの原因(X と無関係) | Y にだけ効く要因 | 入れてよい | (精度が上がる) |
結論はひとつ。変数を多く入れるほど正確になるわけではありません。 同じ線形回帰でも、因果効果を読みたいなら、入れる共変量を DAG にもとづいて選ぶ ことが決定的に重要です ― 交絡は迎え入れ、コライダーと媒介は締め出す。「とりあえず全部」は、見えないバイアスを招き入れる近道なのです。
なお、ランダム化比較試験(RCT) は、くじ引きで X を割り当てることで、X に入ってくる矢印(C\to X など)を設計の段階ですべて断ち切り、バックドアパスをそもそも作らない方法です。観察データでの共変量調整は、この RCT を後追いで模倣しようとする営みだ、と位置づけることができます。
まとめ:この章の幹
- 観察データで因果効果を読むには、邪魔な関連を 調整(共変量として回帰に追加) する。だが「何を入れるか」が結論を左右する。
- 変数の並びは チェーン(媒介)・フォーク(交絡)・コライダー(合流点) の3型。条件付けの作用は型ごとに異なる。
- 交絡(共通原因)は入れる。入れないと欠落変数バイアス \hat\beta_{\text{naive}}=\beta+\gamma\,\text{Cov}(X,C)/\text{Var}(X)。
- コライダー(共通結果)は入れない。入れると独立な X,Y にも見かけの関連(\text{Cov}(X,Y\mid K)=-\tfrac12)=選択バイアス。
- 媒介や下流も入れない(全効果を見たいとき)。Y だけの原因は入れてよい(精度向上)。
- 指針は バックドア基準:すべてのバックドアパスをふさぎ、X の子孫を含めない Z を選ぶ。「全部入れる」は誤り。