付録 A — 研究における AI 活用ガイド

この付録には、各章で繰り返し触れる AI 利用の規律を一箇所に集約してある。3原則(責任・検証・開示)、出版倫理(COPE・ICMJE)と主要出版社の方針、AI 使用をどこに開示するか、ハルシネーション(もっともらしい誤りの生成)への注意は、すべてここに大元を置き、各章はここを参照する。出版社の方針は年単位で変わるので、本文の記述には確認した日を添えた。投稿時にはその時点の Author Guidelines を必ず見ること。

ポイント:論点は AI を「使うか使わないか」ではなく、どの判断を人間が手放さず、どの作業だけを機械に委ねるかである。まず §1 の3原則(責任・検証・開示)を押さえてほしい。§2 は出版・開示のルール(COPE・ICMJE・主要出版社・日本の動向)、§3 は AI を研究に組み込むやり方―道具を選び直すのではなく一つの作業場を育て、知識ベースに繋ぎ、学びを蓄えるという3つの動きで回す。§4 は AI と再現性、§5 は道具の選び方、§6 はここまでを論文1本で通す実例。執筆における神谷研の運用方針(初稿を AI に書かせない/AI は監査役として使う/階層的包含をガードレールにする)は §3.4 にある。


1. AI 利用の3原則

研究における AI 利用は、次の3原則に集約される。各章末の「AI時代の…」はすべてこの3原則の言い換えであり、本書ではここに大元の説明を置く。

  1. 責任(人間が負う) ― AI の出力を含め、すべての内容について著者が最終責任を持つ。AI は著者資格を満たさない。
  2. 検証(必ず確かめる) ― AI の出力は事実確認してから使う。ハルシネーション(架空の文献・出典・事実の生成)は AI 全般の構造的リスクであり、本書で「ハルシネーションに注意」と述べる箇所はすべてこの一点を指す。実在は DOI で、主張は原典で確かめる。
  3. 開示(透明に示す) ― AI の使用は投稿先・所属機関の方針に従って開示する。

中心にあるのは効率化ではなく、責任の境界を崩さずに速度だけを上げる設計である。価値は速く文章を出すことではなく、何を信じ、何を保留し、どこを自分で確かめたかにある。

ノート神谷研の視点

これまでのサイエンスは「人間が読み、納得する」知的対話だった。今後は AI が論文を要約・再構成し、論文が「人が読む完成品」であると同時に機械が再解釈する情報素材になる側面が強まる。だからこそ現行フォーマットを絶対視せず、思考と証拠が正確に保存されるかを基準に考える。だが現時点の学術研究は人間を単位とする営みであり、責任・検証・開示の3原則は緩まない。


2. 出版倫理と開示の基準(COPE・出版社方針)

原則(責任・検証・開示)は普遍的だが、運用(開示文言・禁止事項・使用可能なツール)は出版社・学会・国・機関ごとに変わる。

2.1 基準線 ── COPE と ICMJE

COPE(Committee on Publication Ethics) の立場が国際的な基準線である。要点は3つ―AI ツールは著者になれない(責任を負えないため)/著者が執筆・画像作成・データ収集や解析に使った場合は開示する/著者は AI 生成部分も含め全内容に責任を負う。

2026年1月、ICMJE(医学雑誌編集者国際委員会)の勧告が AI を独立した章に格上げした(第V章「Use of Artificial Intelligence in Publishing」。A. 著者/B. 査読者/C. 編集者の3節)。医学系に限らず、開示要求の水準を示す文書として読む価値がある。強い規定が3つある。

  • 開示は「カバーレターと本文の両方」に書く ―“in both the cover letter and the submitted work in the appropriate section if applicable”
  • 開示しないことは、状況によって研究不正と解される ―“Nondisclosure of AI use may require corrective action and may be construed as misconduct in some circumstances”
  • 査読者は、誌の方針に従うか、使う前に許可を求める ―守秘が担保できない AI へ原稿をアップロードすることは禁じられうる。使ったら誌に申告する

あわせて「AI が生成したものを一次資料として引用することは認められない」と明記されている。引用は必ず原典に当たるという §1 の検証原則が、そのまま規定になっている。

2.2 主要出版社の方針と、開示の書き方

方針は急速に変わる。下表は 2026年9月8日に各社の公式ページを開いて確認したもので、投稿時には必ず最新の Author Guidelines を見ること。ここに挙げていない出版社(Science・ACM・IEEE・PLOS ほか)も各自の方針を持つ。

Springer Nature/Nature Elsevier Wiley
著者資格 AI に著者や説明責任を割り当てることは不可 著者・共著者にできず、AI を著者として引用もできない 著者になれない(COPE 準拠を明記)
考え方 リスクの水準で分ける(緑・黄・赤)。「道具の種類ではなくリスクで決める」「同じ枠組みを著者・査読者・編集者に適用する」 専用の宣言セクションを本文に置く 用途で書き分ける
開示の範囲 緑(推敲・翻訳・構成の提案・データの整理)=許容、開示は信頼を高める/黄(大幅な推敲・分析手法の提案・統計手法の推奨)=開示を伴って許容/赤(判断の代行・透明性の欠如)=不可 綴り・文法・句読点の基礎チェックは宣言不要。文の構造や構成に実質的な変更を加えた場合は開示。障害支援技術は免除 綴り・文法・一般的な編集のみは免除。実質的な編集・生成・翻訳は開示
記載場所 方針ページに指定なし(ただし Nature 誌の投稿規程には Methods 節に書くという記述が残る 宣言セクション/研究過程での利用は Methods に詳述 執筆・編集・翻訳=Acknowledgments/研究方法・データ解析・文献レビュー=Methods/視覚素材=図キャプション
査読での利用 原稿・査読報告・機微なデータを安全でない、または公開の AI に渡してはならない(必須事項) 原稿の一部でもアップロード禁止。入力を保持・学習に使わない AI に限り、言語や構成の改善と文献検索の補助のみ可 原稿の一部でもアップロード禁止。担当編集者への申告義務
画像 フォトリアリスティックな画像(ディープフェイク)の作成は不可 説明図は可(キャプションにツール名と版)/データ可視化は可(Methods にモデル名・版)/一次研究画像は禁止 模式図・概念図は可/写真の AI 編集と、証拠となる画像は禁止

開示文の書き方は、Elsevier がテンプレートを公開している(そのまま雛形として使える)。

Declaration of generative AI and AI-assisted technologies in the manuscript preparation process During the preparation of this work, the author(s) used [NAME OF TOOL / SERVICE] in order to [REASON]. After using this tool/service, the author(s) reviewed and edited the content as needed and take(s) full responsibility for the content of the publication.

書くのはツール名・目的・自分がどこまで監督したかの3点である。編集者から求められたときに出せるよう、使ったプロンプトと出力、どう直したかの記録(変更履歴など)を残しておく

記載場所 何を書くか
専用の宣言セクション 原稿の準備に使った場合(Elsevier 方式) 上のテンプレート
Methods 研究の過程に使った場合(コード・解析・データ処理) “We used Claude (Anthropic, claude-sonnet-4-20250514) to assist with code debugging and data analysis.”
Acknowledgments 補助的な校正・言語の改善(出版社によりここ) “The authors acknowledge the use of ChatGPT (OpenAI) for grammar checking of the manuscript.”
カバーレター ICMJE 準拠誌では本文と併せて 使った技術と使い方を要約する

開示を構造化する国際標準は、2026年9月時点でまだ無い。 ISC・COPE・STM・GYA が共同で策定を進めており(意見募集が継続中)、STM は「AI 利用の9分類」を公開している。標準ができるまでは投稿先の指定が唯一の規則である。

2.3 日本の動向

国際的な出版社方針が「論文として何を開示するか」を定めるのに対し、日本の文書は「大学・研究機関でどう扱うか」を主に定める。論文投稿時は投稿先方針を優先し、日常運用では所属機関のルールも確認する。

いちばん実務に効くのは、研究費の応募と審査で扱いが逆になっていることである。 科研費の公募要領を令和8年度版と令和9年度版で読み比べると、次のように分かれる(いずれも「重要説明事項」と審査委員の守秘義務の節)。

立場 書かれていること いつから
応募者 研究計画調書の作成に生成 AI を使うことは「著作権の侵害、個人情報や機密情報の漏洩につながるリスクがありますので、このことに留意した上で研究者個人の責任において判断してください」 令和8年度(2025年7月)から同じ文言
審査委員 「研究計画調書等関係資料の内容の一部又は全てを、生成AI等に入力しないこと 令和9年度(2026年7月)で新設

応募する側は「自己責任で判断」だが、審査する側は入力そのものを禁じられている。理由は応募者が未発表の研究結果やアイデアを非公開の前提で書いているからで、機微な情報を外部に送らないという §1 の一点に帰着する。学振特別研究員(DC・PD)の募集要項も応募者向けは同趣旨である。

主な文書は次のとおり。

文書 発行 研究者にとっての要点
科学の健全な発展のために ― 誠実な科学者の心得(第2版) 日本学術振興会(2025年8月) 研究倫理の標準教材。生成 AI への言及は無い(154頁を全文検索して「生成AI」「ChatGPT」等が0件)。ここに答えを探しに行っても書かれていない
提言「生成AIを受容・活用する社会の実現に向けて」 日本学術会議 情報学委員会(2025年2月) 「防御的なポリシーを改め」積極活用へという方向づけ。執筆支援や自動査読が既に進んでいる現実を前提に置く
大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて 文部科学省(2023年7月) 教学面の事務連絡。成績評価では利用した旨・種類・箇所を明記させる、機密・個人情報を安易に入力しない。大学向けはこの版で、2024年に改訂されたのは初等中等教育向けの別文書
京都大学の教育・学修における生成AI利用に関するガイドライン 京都大学 教育担当理事裁定(2026年3月) 出力をそのまま自分の成果物とすることは不正行為になりうる。作業プロセスの記録を保存し、どの過程でどの生成 AI をどう使ったかを明示する。機微な情報は「そもそも外部サービスへの入力が制限されているケースがある」
人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律 2025年6月公布(一部 2025年9月施行) 罰則を持たない推進法。大学・研究開発法人に研究開発と人材育成の努力義務を置き、国側には研究者の自主性の尊重への配慮義務を課す

学位論文における生成 AI 利用について、国レベルの定めは見つからない。 大学のガイドラインは「担当教員・指導教員が示す方針に従う」という形で判断を現場に委ねているものが多い。つまり、指導教員に先に聞くのが正しい手順である。学会の投稿規程も整備の途上で、開示を明文で求めるもの(日本心理学会)、利用を推奨しつつ開示を定めないもの(情報処理学会)、査読での入力を原則認めないもの(日本広報学会)と分かれている。


3. AI を研究に組み込む ── 道具を育てる

かつては「万能ツールを探すより、工程ごとに役割を限定する」のが安全策だった。文献探索はこのサービス、校正はあの製品、という具合である。本書は方針を変え、一つの作業場を育て、そこに手順と知識を足していくやり方を採る。

理由は道具の性格が変わったことにある。かつての AI は問いに答える相手だったが、いまのエージェント型の道具(Claude Code・Codex など)は、許された範囲でファイルを読み書きし、処理を実行して、その結果を検査できる。「答えを出す」道具から「作業をする」道具になった。作業をする道具に対して人間がすべきことは、製品を選び直すことではなく、手順を書いて渡し、確かめ方を先に決めておくことである。回すループは3つの動きでできている。

動き やること 何が変わるか
育てる 繰り返す手順を文章にして道具に持たせる 手順の抜けが減り、品質が揃いやすくなる
繋ぐ 文献・自分の理解・共同体の進捗に手が届く状態にする 調べ直しが減る
蓄える 踏んだ失敗を書き留め、繰り返すものは仕掛けに落とす 同じ失敗が減る

ただし、手順書は指示であって実行装置ではない。 書いておけば必ずその順序で回る、という保証はない。順序を守らせたいものは、検査を組み込んだスクリプトの側で担保する(§4)。

3.1 育てる ── プロンプトを書き直すのをやめ、手順書を育てる

同じ作業を頼むたびにプロンプトを書き直しているなら、それは手順が人の頭にしか無いという状態である。エージェント型の道具には、手順をファイルとして持たせられる。

  • 常設の指示書 ― プロジェクトの直下に置く1枚(CLAUDE.mdAGENTS.md など)。「正本はどのファイルか」「ビルドはどう通すか」「この原稿の表記の決まり」を書く。毎回説明しなくてよくなる
  • 手順書(スキル) ― 「文献の書誌を原典で確かめる」「図を作り直す」のように、手順が長く、間違えると静かに壊れる作業を1枚にまとめる。補助のスクリプトや資料も一緒に置ける

最初の1枚は小さく作る。次の5つを書くだけで動き出す。

書く項目
対象 どのファイルを読むか(正本はどれか)
依頼 何をするか(1つに絞る)
触ってはいけないもの 数式・引用・生データ・他人の原稿
出力の形 「引用(原文どおり)/提案/理由」を1件ずつ
合格条件 何をもって終わりとするか(後述)

合格条件と停止条件を先に決めるのが、いちばん効く一手である。「全部の引用を原典と照合する」「本文が読めなかったものは未確認として分ける」「対象が0件のときは異常なしと言わない」。件数だけでなく、検査した数・除外した数・未確認の数を並べて報告させると、見落としがその場で見える。

手順書を直したら、同じお題で前後を比べる。正しい例・既知の誤りを含む例・判断が付かない例を数件ためておき、改訂の前後で通す。これをやらないと、注意書きを増やしただけで良くなったつもりになる。

ノートもう一歩:並列に走らせるとき

独立した点検(別の章、別の観点)は同時に走らせられる。ただし1つの担当に厚く割ると、返す量が多くなって途中で切れる。担当は薄く割り、長い作業は途中の成果をその都度ファイルに残させる。最後に一度だけ書かせる形にすると、途中で落ちたときに何も残らない。担当を分けても、判断の偏りまで分かれるわけではない。

3.2 繋ぐ ── 文献・自分の理解・共同体の進捗

調べたことを死蔵させないために、三つの層に即座に手が届く状態を作る。層が分かれていることが大事で、混ぜると使えなくなる。

何を置くか 道具の例
文献 読んだ論文・書籍そのものと書誌。本文まで検索できる状態にする Zotero(第4章)
自分の理解 概念のノート、疑問と保留、過去の議論。[[リンク]] で概念どうしを繋ぐ Obsidian などのノート(第4章)
共同体の進捗 研究室・共同研究の進捗記録と議事録。読むだけでなく書いて育てる Notion などの共有記録(第3章)

外部の道具やデータには、MCP のような共通の繋ぎ方でつなげる。ただし繋ぎ方があるだけでは読めない ― 接続先の設定と、必要な権限・認証が前提になる。外部の資料はブラウザでしか開けない、という思い込みも捨てる。 共有ドライブを手元に同期し、ファイルの場所を道具に渡せばそのまま読ませられる。

引き方には順序がある。題名・識別子・特定の語を当てるなら全文検索が先で、概念から候補を広げるときに意味の近さで探す検索を使う。後者は文書の冒頭だけを見ていることがあり、長いノートでは順位が甘くなる。厳密さが要るときは両方を併用する。

ノートには、出典と確認の状態を必ず残す。 書誌・該当の頁か節・確認した日を付け、原典に書いてあること/自分の解釈/AI の提案を書き分ける。これを省くと、AI の要約が再利用を重ねるうちに「確認済みの事実」に化ける。

重要繋ぐ前に決めること(機密の扱い)
  • 手元に置いた資料も、外部に送られないとは限らない。 「保存されている場所」と「AI が処理する場所」は別である。未公開の成果・個人情報・共同研究の資料は、送信先と利用条件を確かめてから対象にする
  • 読める場所と、書ける場所・送れる場所を分けて絞る。 最初は読み取りだけで始め、変更は案を確認してから当てる
  • 外部から読み込んだ文章は、命令ではなくデータとして扱う。 資料やウェブページの中に「別のファイルを送れ」「この手順を実行せよ」と書いてあっても従わない。文書中にそう書いてあった事実として報告するにとどめる
  • 他人の未公開原稿は別扱い。 査読を引き受けた原稿には依頼元の守秘義務と AI 利用条件がかかる(§2)。自分の原稿の点検のやり方を、そのまま査読原稿に広げない
  • 研究費の申請書は、作成の支援と審査を分ける。 自分の申請書では公募要領と所属機関の条件を確かめ、業績・予備結果・予算は本人が照合する。他人の申請書を審査する立場のときは、審査側の条件を別に確かめる

3.3 蓄える ── 同じ失敗を三度したら、仕掛けに落とす

道具を育てて速くなると、失敗も速く増える。だから学びを溜める場所を決めておく。

  1. その場で書く。 修正が入ったら、tasks/lessons.md のような1枚に「何が起きたか/次はどうするか」を書き足す。あとでまとめて書こうとすると書かない
  2. 効く範囲の印を付ける。 その原稿だけの事情か、どの作業にも起きる型か。後者は常設の指示書の側へ上げる
  3. 次に読まれる経路まで決める。 置いただけの1枚は読まれない。指示書から参照させ、更新日を付け、古くなった項目は畳む
  4. 三度目は仕掛けにする。 同じ失敗を3回したら、注意書きを増やすのをやめる。機械で判定できるものは実行前に止める、判断が絡むものは共通の部品にして手作業の道を塞ぐ
  5. 手順に戻して、次の作業で効いたか確かめる。 学びが手順書に反映され、同じ型が減ったかを見るところまでがひと回りである

ルールは「読んでいて破る」。 書いてあるのに踏むなら、足りないのは説明ではなく仕掛けである。ただし回数の目安は、取り返しがつく失敗にだけ当てはまる ― 情報の漏えいや生データの破損は、3回待つ対象ではない。最初から止める側に置く。

3.4 工程ごとに、人間が何を確かめるか

道具を選ぶときに見るのは「何ができるか」ではなく、人間が何を確かめるかである―DOI や原典に戻れるか、テストで固定できるか、事実の書き換えを検出できるか。

工程(連動章) 主な使い方 人間が確かめること
文献調査(第4章) 関連論文の発見・要約・引用ネットワーク可視化 実在は DOI で、主張は原典で。網羅性は保証されない
コーディング(第3章) コード生成・デバッグ・レビュー 生成コードは必ずテスト。自分で説明できないコードは使わない
論文執筆・推敲(第5・6章) 構成の壁打ち・過大主張の検出・英文校正・代替説明の検討 最終判断は著者。事実の書き換えに注意
プレゼン(第8章) ストーリーの一貫性チェック・想定質問の生成 一貫性と論理は著者が保証
英語学習(第5・9章) 英文修正と解説・パラフレーズ・Q&A シミュレーション 学習の主体は自分

基本形(コードも文章も共通):AI に候補を生成させる → 自分でレビュー・理解 → テストか原典で検証 → スクリプトや確定稿として固定(Methods に書ける形にする)。この順番が、責任の境界を保ったまま速度を上げる型である。

注意道具を育てるときに踏む落とし穴
  • 報告を信じない。 「直しました」ではなく、機械が数えた数字を出させる(「何件を検査して、何件が残ったか」)。件数を出させないと、対象を1件も見ずに「異常なし」と返ってくる
  • 出てきた数字は、自分で数え直す。 重要な数値は元のデータと数え方に戻って確かめる。順位だけなら信用できる、とも言えない
  • 戻せる状態で始める。 変更前の写しか変更履歴を残し、並列で編集するなら担当ファイルを分ける
  • 手順書は、決定が覆っても古いまま残る。 方針を変えたら、その場でその文言を全文検索し、書いてある紙を全部直す
  • 出力の成否は中身の無事を意味しない。 ビルドが通っても本文が壊れていることがある。本文そのものを読み直す
ノート神谷研の視点:初稿を書かせず「監査役」に使う

神谷研では AI にゼロから書かせない。まず人間が論理の骨格を作り、AI は推敲・視点追加・欠陥検出に使う。ここで効くのが階層的包含の原則をガードレールにすることだ。論文全体の問い・節の導入・段落のトピックセンテンスを先に人間が定義しておけば、AI の出力がどこではみ出したかを検出できる。自信のない段落は Markdown の階層箇条書き(トピックセンテンスを最上位、下に論点と証拠)に分解して渡すと、論理構造を保ったまま表現だけ改善できる。骨組みなしに丸投げすると、もっともらしいがスコープのぶれた文章が返ってくる。

AI はまず監査役に置く。中心主張を1文で言えるか/各セクションの話題がずれていないか/イントロの問いを Discussion が回収しているか/段落に別論点が混入していないか/過大主張・代替説明の見落とし・リークや循環論法の疑いはないか―これらは点検させやすい。求める出力も「よくして」ではなく「中心主張の推定」「Major issues」「過大主張の言い換え」「追加すべきコントロール」のように限定し、原稿全体を一気に投げず IMRaD(緒言・方法・結果・考察)を節ごとに分けて点検する。


4. AI と再現性

AI を研究に組み込むと、従来の計算的再現性とは異なる課題が生じる。鉄則は、AI の出力をそのまま研究結果にしないこと。AI は「コードの生成・デバッグ・説明」に使い、最終結果は実行可能なスクリプトで再現できる状態にする(計算の再現性の詳細は第3章)。

課題 内容 対策
非決定的な出力 同一プロンプトでも結果が変わる(Ouyang et al., 2025 解析の最終結果はスクリプトで固定
モデルの更新 API バージョン変更で結果が変わる(Thomas et al., 2026 モデル名・バージョン・API 日付を記録
プロンプト依存性 微小な表現差で結果が変わる プロンプトを補足資料に記録
手順書・補助プログラムの版 同じモデルでも、渡した手順書やスクリプトが違えば出力が変わる 使った手順書と補助プログラムも版ごと記録する(§3.1 で育てたものが、そのまま再現性の対象になる)

5. 道具の選び方

道具の名前は本書より速く古くなる。 だから個別の製品名を覚えるのではなく、役割で3つに分けて考える。判断の基準は §3.4 の一点―人間が何を確かめるか、である。

役割 何をするものか
作業場になるもの ファイルを読み書きし、処理を実行し、結果を検査する。手順書を持たせて育てる対象 Claude Code/Codex/GitHub Copilot/Cursor
繋ぐ先(データ) 文献・自分のノート・共同体の進捗。作業場から引ける状態にしておく(§3.2) Zotero/Obsidian などのノート/Notion などの共有記録
単機能の専門サービス 一つの工程だけを担う。必要なときに併用する 下表
工程 代表例 リンク
文献探索 Elicit(自然言語で論文発見・要約) elicit.org
文献の文脈分析 Scite.ai(引用の支持・反論・言及) scite.ai
引用ネットワーク Connected Papers(可視化) connectedpapers.com
学術英文校正 Paperpal/Writefull(学術文献で訓練) paperpal.com
その他のツール

単機能のサービスを選ぶときに見るのは、出力の見栄えではなく「戻れるか」である。 要約から原典の該当箇所へ辿れるか、引用が実在するかを DOI で確かめられるか。辿れないものは、便利でも研究には使えない。


6. 通しでやってみる ── 論文1本から原稿までの一周

§3 の3つの動き(育てる・繋ぐ・蓄える)を、いちばん短い実例でつなぐと次のようになる。論文1本を見つけてから、後日それを自分の原稿で使うまでが一周である。

やること どの動きか
1 新着通知や検索で候補を見つける(Google Scholar・arXiv・bioRxiv のアラート) 繋ぐ
2 本文を自分で開いて確かめる。 要約だけで判断しない。書誌は DOI で照合する
3 文献管理に入れ、本文まで検索できる状態にする 繋ぐ
4 ノートを1枚作る。 何が新しいか、どこが弱いか、自分の研究とどう繋がるか。書誌・該当頁・確認日を付け、原典の記述/自分の解釈/AI の提案を書き分ける 繋ぐ
5 後日、原稿を書くときにノートから引く。引用はそのとき原典で再確認する
6 この一周でつまずいたこと(通知の設定漏れ、ノートの書き方の迷い)を1行書き足し、繰り返すなら手順書に入れる 蓄える・育てる

この一周を回すために、資料が手元のファイルとして読める状態にしておく(§3.2)。共有ドライブの同期、文献管理の全文検索、ノートの [[リンク]] は、どれもそのための下ごしらえである。

ノート神谷研の視点:疑問に思ったら原典にあたる―息をするように

道具立ての要点は、几帳面に毎日書くことではない。疑問に思ったことは、その場で論文をチェックし、原典にあたる―記録やノートを読んでいて少しでも引っかかったら、迷わず一次資料まで遡る。これを、好奇心に駆られて調べずにはいられない、息をするような習慣にしてほしい。神谷自身がそうやって日々研究している。

そのうえで AI で知識ベースを広げていく意味は、一度調べたことを効率よく呼び出し、アウトプットにつなげることにある。ただし §1 の3原則は外さない―AI に理解そのものを丸投げしない。知識ベースは思考を外部化して見直し、再利用する装置であって、思考を肩代わりさせる装置ではない。


まとめ:この付録の幹

  1. 3原則がすべての大元:責任(人間が負う)・検証(必ず確かめる)・開示(透明に示す)。各章末の「AI時代の…」はこの言い換えで、大元はここに置く。
  2. ハルシネーション注意の大元もここ:実在は DOI、主張は原典で確かめる。
  3. COPE・ICMJE・出版社方針・開示場所の大元もここ:AI は著者になれない/使用は開示/論文は投稿先方針、運用は所属機関ルール。開示しないことは研究不正と解されうる(ICMJE 2026年1月)。
  4. 道具は選び直すのではなく育てる:手順をファイルとして持たせ(§3.1)、文献・自分の理解・共同体の進捗に繋ぎ(§3.2)、踏んだ失敗を蓄えて繰り返すものは仕掛けに落とす(§3.3)。ただし手順書は指示であって実行装置ではない
  5. 初稿を書かせない:人間が論理の骨格を作り、AI は推敲・監査役に使う。階層的包含を先に定義して出力のはみ出しを検出する。
  6. 再現性の鉄則:AI の出力をそのまま結果にしない。最終結果はスクリプトで固定し、モデル名・版・プロンプトに加えて使った手順書と補助プログラムの版も記録する。
  7. 機密は境界の外に出さない:応募書類・他人の未発表原稿・査読中の原稿・個人情報は、送信先と利用条件を確かめてから扱う。科研費の審査委員は、研究計画調書を生成 AI に入力することを禁じられている(令和9年度公募要領)。
  8. 疑問に思ったら原典にあたる:調べたことは知識ベースに蓄え、効率よく呼び出してアウトプットにつなげる。ただし理解そのものは丸投げしない
参考文献