第6章 論文の書き方
論文は、結果を並べた報告書ではなく、読者に対する契約書である。「この問いに対し、この方法で、この範囲まで言える」と先に宣言し、それを最後まで守り通す。多くの初稿が弱いのは英語が拙いからではなく、どこで何を約束し、どこで何を回収するかが曖昧だからだ。Introduction で広げすぎ、Methods で判断材料が欠け、Results で事実と解釈が混ざり、Discussion で新しい話題を足す―個々の段落が良くても、契約が崩れれば論文全体は崩れる。
ポイント:本章は第5章(文章一般の原理)を、論文という形式に固有の実務へ落とし込む章である。幹は §4.1 の一行―論文とは読者との論理的契約であり、タイトルとイントロで約束した問いに、本文で必ず答える。構成の設計(§2)もセクション別の書き方(§3)も査読対応(§5)も、この契約をどう結び、どう守るかの各論として読むとよい。使い方としては、初稿を書く前に §2–§3 を、投稿直前に §5 を、改稿のたびに §3 と §5 を見返すことを想定している。引用スタイルの説明は §3.7 にまとめる(第4・5章はここを参照)。定番書籍は §1、AI ツールとの付き合い方は §6、補足リソースは §7 に置く。
1. 論文執筆の定番書籍
最初からすべてを追う必要はない。学生がまず必要とするのは、1冊で全体像をつかむ本と構造・論証を学ぶ本、それに日本語の足場となる1冊である。表現・投稿実務・分野別の流儀は、本文を一通り書いてから必要に応じて補えばよい。
- 全体像:Day & Gastel How to Write and Publish a Scientific Paper ―IMRaD・図表・査読・出版まで一冊で追える基準書。
- 構造(ストーリー):Schimel Writing Science ―論文を「読者に届くストーリー」として捉え直す。
- 論証の組み立て:Booth ら The Craft of Research(邦訳『リサーチの技法』ソシム)―問いの立て方(§2.2)から論証(§2.5)まで遡る。
- 日本語の足場:保城広至『基礎からわかる論文の書き方』―「論文とは何か」を確認する入口。
用途別の参照先
| 用途 | 参照先 |
|---|---|
| 構造で迷走する人向けの三段階法(主張を固定→アウトライン→パラグラフ) | Chaubey『迷走しない!英語論文の書き方』 |
| 非母語話者向け表現・推敲・投稿実務 | Heard / Glasman-Deal / Wallwork / Swales & Feak |
| 和文での理解補助 | 木下、酒井、阿部、原田、結城 ほか |
2. 論文の構成と設計
設計段階で最も重要なのは、「あとで何を書くか」ではなく「何を書かないか」を先に決めることである。構成が弱い原稿は情報が足りないのではなく、役割の違う情報が同じ場所に流れ込んでいる。だから先に骨格を固定し、各セクションの責務を明確にする。文章化を早く始めすぎるのは、骨格がまだ定まっていない兆候である。
2.1 IMRaD 構造
各セクションの役割を分離し、事実と解釈の混同を防ぎ、再現に必要な情報を集約する標準構造。ICMJE Recommendations をはじめ国際的な報告ガイドラインの多くが前提とする。
- Introduction:背景→ギャップ→リサーチクエスチョン(RQ)→アプローチの予告
- Methods:第三者が再現できる粒度で手順を記述
- Results:事実(データ)を図表とともに提示。解釈は入れない
- Discussion:解釈・先行研究との比較・限界・意義
ただし IMRaD は標準であって、研究の論理と一対一に対応するわけではない。複数の実験が概念的に依存し合う論文では、Study 1 / Study 2 の単位で方法・結果・考察を繰り返したり、Methods を最後に回す IRDAM 形式をとったりする。フォーマットに過剰適応せず、研究の論理を最も正確に伝える構成を逆算する。
2.2 設計のフレームワーク
骨格づくりは「何を/なぜ/何を理解するために」の3つを言語化することから始まる。Booth ら The Craft of Research(邦訳『リサーチの技法』)は、研究を情報収集ではなく読者との対話として捉え、単なる関心領域(トピック)を読者にとって意義のある問題へ昇華させること―「So What?(だから何?)」に答えられること―を求める。その出発点に向くのが、同書の 3ステップの公式である。以下の型はいずれも「埋められない=研究がまだ未完成」という診断装置として使う。
3ステップの公式(Booth et al., 2024)
- what(トピック):私は __ を研究している
- why(問い):なぜなら __ を知りたいから
- in order to better understand what(意義):それにより読者が __ をより良く理解できるように
この公式は双方向に使うのが要点である。
- 書き出すとき(順方向 what → why → 意義):手元の関心(what)から出発し、「なぜ知りたいか(why)」「最終的に何の理解に資するか(意義)」へとスコープを広げる。研究の方向が定まりかけた時点でこの3つを書き出すと、研究を知の体系の中に位置づけられ、方針が固まる。
- 論文にするとき(逆方向 意義 → why → what):いちばん広い「意義」を全体のトピックに据え、3つの答えを逆順に並べてイントロを組む。広い意義 → 具体的な問い → 自分の研究、という漏斗(広→狭)になり、読者は既知から未知へ無理なく降りていける。
この逆方向の漏斗を、より細かいワークシートに落とし込んだのが次の2つである。
- Q1–Q7 ワークシート(第4章§3.2):一般的背景→具体的背景→未解決問題→主結果→詳細→解釈・インパクト→広い意義。Nature の要旨段落の構造に対応。
- C-C-C(Context–Content–Conclusion;Mensh & Kording, 2017):各セクション・各パラグラフを「文脈→内容→結論」で構成する。
イントロの「広→狭」と各文の「既知→未知(Old-to-New)」は §3.1・第5章と一続きである。論証そのものの組み立ては §2.3 で扱う。
2.3 論証の5要素
論文は事実の提示ではなく、読者に主張を受け入れてもらうための論証(argument)である。The Craft of Research は論証を5つの要素に分解する。査読者の疑問は、たいていこのどれかが欠けていることへの反応だと考えるとよい。
| 要素 | 内容 | 読者の問い |
|---|---|---|
| 主張(Claim) | 問いに対する答え・結論 | 「何が言いたいのか?」 |
| 理由(Reasons) | 主張を支える理由づけ(思考から導く) | 「なぜそう言えるのか?」 |
| 証拠(Evidence) | 理由を支える客観的データ・事実(外の世界から集める) | 「それはどうして分かるのか?」 |
| 承認と応答(Acknowledgment & Response) | 想定される反論・代替説明を先回りして認め、答える | 「でも、こうも考えられるのでは?」 |
| 論拠(Warrant) | 理由と主張をつなぐ一般原理(なぜその理由がその主張を導くか) | 「その理由から本当にその結論が出るのか?」 |
とくに弱くなりやすいのが Acknowledgment & Response と Warrant である。代替説明(学習データのリーク、循環論法、標本の選択バイアス、評価指標の選び方で見かけ上よく見える罠)を、指摘される前に自ら出して論じる姿勢は信頼性(ethos)を高め、§4.1–§4.2 の「契約」「誠実さ」とも一続きである。
2.4 図表中心の執筆プロセス
文章を書いてから図を作るのではなく、Figure 1 から最後の図までのキャプションだけで論文のあらすじが通じる状態にしてから本文を書く。Results(図表)から書き始める手順が効率的である。
図は「結果の展示」ではなく、読者の1つの疑問に1枚で答える論証の装置である。査読者が最初に目を通すのも図だ。視覚的な一貫性が崩れていると、それだけで「雑な研究」という印象を与える。図中フォントは本文と同等サイズに、複数パネルは読みの流れ(A B / C D)に沿わせる。ある図に加えた変更(配色・軸ラベル書式・凡例位置)は同種のすべての図に適用する―1箇所だけ直すと不統一が目立つ。図の作成原則は第8章とも共通する。
2.5 学位論文の設計
学位論文はジャーナル論文の寄せ集めではなく、1冊の本として再設計する。章の役割(データ準備 vs 各結果の解析)を分担させて重複を減らし、第三者が追試できる粒度で Methods・再現性情報を本文に落とす。学位要件は第1章§4を参照。
3. セクション別の執筆要点
§2 の骨格を執筆レベルで具体化する。各セクションは「どの契約を結び、どこで回収するか」という役割で読む。
3.1 Introduction(序論)
序論の仕事は、知っていることを見せることではなく、読者に「この問いをいま読む理由」を納得させることである。背景が長いのに問いが見えない序論は、知識量があっても読者を先へ進める力を生まない。
- テーマの宣言:第1段落の第1文で「何の話か」を明示する。研究法の歴史紹介から長く始めない。
- ギャップ:何が分かっていないか、なぜこの研究が必要かを示す。
- RQ:具体的に何を問うかを明示する。
- 広い→狭い(砂時計の上部):一般的背景から RQ へ絞り込む。
この「背景→ギャップ→RQ」という序論の流れは、Swales の CARS モデル(Create A Research Space:研究領域の確立→そこに残る隙間=ニッチの指摘→自分の研究でその隙間を埋める)に対応する。だから同じ枠は、他人の論文の序論を読み解くときの地図にもなる。
3.2 Methods(方法)
再現性(第2・3章)は、他者が同一手順で実験・解析を実施できる記述によって初めて実現する。記述の曖昧さは追試失敗や QRPs(疑わしい研究実践、第2章)の温床になる。Methods は裏方ではなく、結論の強さを決める法廷記録である。
- 第三者が再現できる粒度で記述する。
- データ分割・前処理・正規化・除外基準・ハイパーパラメータ・コードの所在を明記する。
- 統計手法の選択根拠と検定の前提を記述する。
- 倫理承認(IRB等)・インフォームドコンセント・事前登録の情報を含める。
3.3 Results(結果)
事実のみを記述し、解釈は Discussion に回す。事実と解釈を混在させると、HARKing や過大主張が生じやすい(第2章)。STROBE・CONSORT 等の報告ガイドラインもこの分離を求める。
本章の幹である「読者との論理的契約」(§4.1)は、当初の仮説に固執せよという意味ではない。Results では当初の仮説に縛られず、まず結果を虚心坦懐に眺め、最も顕著な知見から淡々と記述する。それでも、イントロで示したビジョンと方法に従って得た結果を報告している点は変わらず、契約に反しない(契約と「意外な結果」の関係は §4.1)。
- 図と本文の完全対応:図が示すことを本文で言語化する。
- Observation → Proposal の順序:観察事実を先に示し、その後に形式化(提案)を置く。提案が先に来ると、結果を見てから仮説を作ったように見え、HARKing 的な手続きと疑われる。
現実には、一つ目の実験の結果が二つ目の動機になる論文など、Results 内に次の実験への橋渡しを書かないと依存関係が伝わらない場合もある。そのとき重要なのは、事実と解釈を形式的に分けることではなく、どこまでが観察事実でどこからが解釈・動機なのかを読者が区別できるように書くことである。
3.4 Discussion(考察)
Discussion は自由に書けるように見えて、最も強い自己規律が要る。読者が見ているのは想像力ではなく、結果に対してどこまで慎重に意味づけできるかである。
- 第1段落:RQ への「答え」を明言する。
- 中盤:解釈・先行研究との比較・代替説明の排除。
- 終盤:限界(Limitation)と意義(Future Directions)。
- 狭い→広い(砂時計の下部):今回の結論から一般論・意義へ。
- 3ルール:(A) 事実と意見の区別、(B) イントロに伏線のない新ネタ禁止、(C) 過大主張の回避。
Discussion の冒頭で RQ に答えられないなら、イントロか結果の設計がずれている。新しい問いを足して逃げるのではなく、最初に掲げた問いにどこまで答えられたか/どこからはまだ言えないかを切り分ける。これがイントロで結んだ契約の回収である。限界を正直に書くのは弱腰ではなく、主張の境界線を厳密に言語化して過剰一般化を避ける技術―最も強靭な武器だ。
3.5 Abstract(抄録)
抄録は多くの読者が最初に出会う「論文の代理人」である。短いから軽いのではなく、短いぶん論理の骨格だけが露出する。
- 論文全体の要約。最後に整えることが多い。
- 構造化抄録(目的・方法・結果・結論)を求める雑誌もある。Nature 形式の要旨は §2.2 を参照。
- 面白い結果だけを拾うダイジェストにしない。抄録は、一部の目を引く結果だけでなく論文の結果全体をカバーする。すべてを詳細に書けないときは、抽象的な表現でまとめて圧縮すればよい。
- 抄録には論理を通す。目的・方法・結果・結論が一つの論理として通っていることが要る。中心結果が抄録に入らないなら、論文の中心がまだ定まっていない。
3.6 Title(タイトル)
タイトルはラベルではなく、読者との契約である。タイトルがカバーしない内容は本文で扱わない(タイトルは扱う話題の上限)。一方で、タイトルの射程を中身より広げすぎると、それ自体が過大主張のサインになりやすい。本文の内容をすっぽり覆う、大きすぎず狭すぎないタイトルを目指す。本文で議論したいことが増えたら、タイトルを広げるか本文から落とすかを決める。簡潔で情報量が多く、略語は原則使わない。タイトルを整える作業は、論文のスコープを整える作業である。
3.7 引用の仕方(In-text Citations)
引用は、どの主張がどの文献に基づくかを読者に見せる装置である。
- 一次資料を引用する:孫引きを避け原著を参照する。やむを得ない場合は “as cited in” で明示。
- 間接引用が主流:直接引用は定義・概念の原文を正確に示す場合に限り、引用符とページ番号を付す。
- 配置:どの主張がどの文献に基づくか明確になる位置に置く。各主張に最も直接的な1〜3件を選ぶ。
- 倫理:過度なセルフ引用(h-index 操作)、儀礼的引用、引用の偏り(Dworkin et al., 2020)を避ける。剽窃の回避は第2章§6を参照。
本書では、引用スタイルの説明を本節に集約する(第4・5章はここを参照)。投稿先の Instructions for Authors に指定されたスタイルに厳密に従う。
| スタイル | 本文中の形式 | 主な使用分野 | 規定文書 |
|---|---|---|---|
| APA (7th) | 著者名-年: (Smith & Jones, 2023) | 心理学・教育学・社会科学 | Publication Manual of the APA |
| Vancouver | 番号: [1], [2–4] | 医学・生物医学 | ICMJE Recommendations |
| Chicago(author-date) | 著者名-年: (Smith 2023) | 社会科学・自然科学 | Chicago Manual of Style |
| Chicago(notes-bib) | 脚注+文献目録 | 人文科学・歴史学 | 同上 |
| IEEE | 番号: [1] | 工学・計算機科学 | IEEE Reference Guide |
| ACS | 番号 or 著者名-年 | 化学 | ACS Style Guide |
| Harvard | 著者名-年 | 多分野(英国圏) | 各機関が規定 |
3.8 参考文献リスト(References)
本文中の引用とリストは1対1で対応する(引用していない文献を入れない、リストにない文献を引用しない)。書式の正確さは形式主義ではなく追跡可能性の条件である。
- スタイルの厳守(著者名表記・誌名の略記/全記・巻号ページの書式を投稿規定どおりに)。
- DOI を可能な限り記載(URL より
https://doi.org/...を推奨)。 - プレプリントに出版版(Version of Record)が出ていればそちらを引用。
投稿先に沿った最小限の style spec(何人で et al. にするか、sentence case か Title Case か、誌名をイタリックにするか等)を自分で作っておくと事故を防げる。引用管理ソフトはこの最終確認までは代行しない。ツール(Zotero 等)の詳細は第4章を参照。
3.9 謝辞(Acknowledgments)
著者資格を満たさないが貢献した個人・組織、および資金提供(助成金の正式名称・番号・受給者名)を記載する。技術的支援・知的貢献・施設提供なども対象。名前を挙げる前に必ず本人の同意を得る。著者資格を満たす貢献者を謝辞に「格下げ」してはならない(第2章§5)。AI 使用の開示は §6 を参照。
3.10 利益相反の開示(COI)
COI の存在自体が不正なのではなく、開示しないことが不正である。全著者が個別に申告し、ない場合も “The authors declare no competing interests.” 等と明記する。投稿時に ICMJE Disclosure Form 等を提出。種類と原則の詳細は第2章§7を参照。
4. 論文を貫く重要概念
4.1 論理の契約
本章の幹はこの一点に集約される。タイトル→アブストラクト→イントロ第1文で示した範囲を意識し、イントロで約束したことは Discussion で必ず果たす。最初の段落の最初の文でテーマが見えない原稿、イントロに伏線のない話題が Results や Discussion に突然現れる原稿は、そこで契約が緩んでいる。歴史紹介を長く書くより、いま何が問題で、なぜ重要で、何を問うのかを先に固定する方が強い。
ただし「イントロ第1文のテーマから一切はみ出すな」というのは、やや極端な言い方であって絶対の規則ではない。そのくらいを目指して全体を一つの意識で統一して書くと分かりやすくなる、という努力目標として受け取ってほしい。
背景にある概念の多くは、他章にある大元の説明を参照する。事実と意見の分離(第5章§2.5)は Results と Discussion をセクションレベルで分ける。HARKing と探索的研究(第2章§3.1)―結果を見た後の仮説を事前予測のように報告するのは偽陽性を高める。探索的研究は正当だが確証的研究と区別して報告する。事前登録/Registered Reports(第2章§4.2)は研究者自由度を縛り出版バイアスを減らす。効果量と p 値(第3章§1)―p 値の小ささは効果の大きさを意味せず、効果量を併報し事後検定は探索的と明記する。知識の呪縛(第5章§2.6)―専門知識を読者が共有している前提に立たない。
論理の契約や「ぶら下がり」の書き方と、HARKing の回避とのあいだには確かに緊張関係がある。しかし両者は矛盾しない。契約は「予想外の結果を無視せよ」という意味ではない。Results での書き方は §3.3 に述べたとおりである。そのうえで新しい知見を当初の目的と関連づけて解釈を加えるのは、当然すべきことだ。
避けるべきなのは、結果を見てからイントロのスコープや方法を、あたかも最初からその仮説だったかのように書き換えることである(これが HARKing)。意外な結果が出たなら、同じ論文の中で「その観察にもとづき改めて新しい問いを立てた」と経緯を明示し、それに基づく新しい研究デザインと結果を述べればよい。意外な結果を仮説として新たなデータで検証するのは、むしろ正当な科学の手続きである。うまくいかなかったことを正直に報告するのも、契約の一つの履行の仕方だ。
もう一段、根の深い緊張がある。論文は研究を人類の知識体系の中に位置づけ、根源的な問いから具体的な問いが演繹的に導かれる形式を好む(§2.2)。だが実際の研究は、もっと手探りの探索から始まることが多い。この演繹的ナラティブを過度に押し進めると、最初から問いを立てていたかのように見せる HARKing に滑り落ちる。重要なのは、この形式が「実際に行った手順の記述」ではなく読者の理解を助けるための修辞・ナラティブだと自覚し、それと分かるように書くことだ―形式に合わせること自体は許されるが、実際に行ったことについて嘘を書かない一線は越えない。だから究極の問いから大上段に始める必要は必ずしもなく、その時々に具体的に興味を持って調べたことを淡々と記述するスタイルも立派な科学であり、それが知識として活用されることは十分にある。
4.2 インパクトと誠実さ
研究のインパクトは派手さではなく、信念更新の大きさ―読む前には信じにくかった主張を論理とエビデンスでどれだけ信頼できるかたちで読者に受け入れてもらえるか―である。だから大きく意外な主張ほど方法はソリッドでなければならず、誠実さとインパクトは対立せず同時に成立すべきものだ。期待した水準に届かなくても、何が示され何が示されなかったかを切り分けていれば、限定的な結果からも重要な知見は得られる。
この「大きな主張ほど固い証拠を」という釣り合いの要求は、本書を通じて繰り返される原則である。金出武雄(2003)の言葉「素人のように考え、玄人として実行する」が示すように、発想は素人のように大胆でよいが、実行と検証は玄人として厳密でなければならない。カール・セーガン(1980)も「並外れた主張には並外れた証拠が必要である(Extraordinary claims require extraordinary evidence)」と述べた。強い主張をしたければ、それに見合う強い証拠が要る―主張の強さは証拠の強さを超えてはならない。
5. 査読と投稿のプロセス
執筆を終えた原稿を査読というゲートに通す段階(COPE の倫理指針に準拠、第10章と連動)。査読は「評価される場」であると同時に、論文の論理が他者の読みに耐えるかを試される場である。
5.1 査読の仕組み
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 投稿 | オンラインシステムで原稿を提出 |
| 編集者スクリーニング | スコープ・質を評価。デスクリジェクトの可能性 |
| 査読者選定・査読 | 2〜3名の専門家が妥当性・新規性・方法論を評価 |
| 編集決定 | Accept / Minor / Major Revision / Reject |
| 修正・再投稿 | Point-by-Point Response とともに修正稿を提出 |
査読の種類(single/double-anonymous、open、post-publication)とその動向は第10章§7.2を参照。なお多くの誌で “reject with resubmission” は事実上の major revision として機能する。リジェクトという言葉に落胆せず、コメントを活かして再投稿すればよい。
5.2 査読対応(Response Letter)
査読対応で最も見落とされる事実―レスポンスレターの真の宛先は査読者ではなくエディターである。著者は査読者と議論しているように感じるが、実際は「すべての指摘に対処した」ことをエディターに証明する文書を書いている。だから査読者を “you” と二人称で呼ばず、“the reviewer” と三人称で書く。査読は研究そのものの延長であり、批判は人格攻撃でなく科学を磨く砥石だ。返答は次の4段階で組む。
- 論点(Point):批判が何を指すか因数分解し、感情を排して論点だけ抽出。
- 証拠(Evidence):権威や主観でなく、データ・先行研究・論理で返す。
- 限界(Limitation):反論できない点は強弁せず、言えること/言えないことを峻別して正直に認める。
- 修正(Revision):原稿をどう直したか(直さないならなぜか)を明記する。
査読者が論点を見落としたと感じても「何も変更しない」という選択肢はない。伝わらなかったのは記述が不十分だったからだ―なぜ伝わらなかったかを考え、必ず原稿を改善する。
非母語話者は定型表現を押さえると効率的に書ける。
- 感謝:“We thank the reviewer for this insightful comment.”
- 同意して修正:“As suggested by the reviewer, we have revised…” / “We have now addressed this point by…”
- 不同意:“We respectfully disagree because…” と論拠を示す。記述が不明瞭だった場合は “We apologize for the lack of clarity” と認めつつ修正する。
- 追加解析:“In response to this comment, we conducted additional analyses… The new results are presented in [Figure/Table X].”
英語では曖昧な婉曲表現よりも、丁寧かつ明確に理由を述べることが求められる。日本語の「察し文化」は通じない。
5.3 カバーレター
送付状ではなく、編集者に「査読に回す価値がある」と確信させるセールスレターとして書く。3段落構成:(1) Hook(テーマと新規性)、(2) Sales Pitch(主要な発見とインパクト)、(3) Conclusion(なぜこのジャーナルか)。アブストラクトのコピペは不十分。未発表・未投稿であることと全著者の同意を声明に含める。
5.4 投稿戦略とプレデタリージャーナル
リジェクトは失敗ではなくプロセスの一部である。投稿先を複数リストアップし(カスケード)、査読コメントで改善して次のターゲットに即再投稿する。媒体の選び方・投稿カスケードの設計は第10章§4、プレデタリージャーナルの回避は第10章§5を参照。
5.5 英文メールの書き方
大事なのは丁寧な英語で言葉を飾ることではなく、相手が返事をしやすい形に整えることだ。
- 件名:用件と緊急度がわかるように(“Question” ではなく “Request for protocol regarding [Paper Title]”)。
- 本文:結論先出し(BLUF: Bottom Line Up Front)で、挨拶の後の1文目に用件を明記する。
- 複数の用件は番号付きにし、相手がその番号に対応して返答できる形にする。
- フォーマリティ:初回は “Dear Prof. X”、関係構築後は “Hi X”。文化圏差に留意。
教材は Wallwork (2016) English for Academic Correspondence が定番。英語学習・異文化コミュニケーション一般は第9章を参照。
6. AI ツールと論文執筆
AI を「代筆者」ではなく「検査器・壁打ち相手」として使う。初稿を書かせると思考の純化が起きず、自分の論理の穴が見えなくなる。AI は推敲・論理チェック・反論シミュレーションに使い、思考そのものは手放さない。
- AI 出力にはハルシネーションのリスクがある。ファクトチェックは著者の責任。
- 主要ジャーナルでは AI の使用(文法校正を除く)を Methods または Acknowledgments に開示する。投稿先の最新指針を必ず確認する。
- 英文校正・執筆支援ツール(Trinka・Paperpal・Writefull・Grammarly 等)、AI 利用の3原則(責任・検証・開示)と各社方針は付録「研究における AI 活用ガイド」を参照。
論文推敲のAIプロンプト例
| プロンプト | 目的 |
|---|---|
| RQ回収チェック | Introduction と Discussion を比較し、RQ の回収・一貫性・結論の対応を評価 |
| 過大主張検出 | 主張が証拠に対して強すぎる箇所を指摘。Hedging 表現の提案 |
| 代替説明シミュレーション | 結果の解釈に対する代替説明を3つ挙げ、反論(Rebuttal)を提案 |
| アブストラクト整形 | 投稿規定(語数制限・構造化抄録の形式)に合わせて整形 |
7. 補足リソース
- Ten Simple Rules(PLOS Comput. Biol.):研究活動の各局面を10箇条に凝縮した短いガイド群。初稿前に Zhang (2014)、構造で悩んだら Mensh & Kording (2017)、視覚的仕上げに Ehrhart & Evelo (2021)。全体は PLOS Ten Simple Rules Collection。
- 報告ガイドライン:研究デザインに応じたチェックリスト(CONSORT/STROBE/PRISMA/ARRIVE 等)を投稿前に確認する。検索・選定のハブは EQUATOR Network。一覧と選び方は第10章§3。
- 論文設計の古典:Whitesides’ Group: Writing a Paper(アウトラインから組み立てる)、Nature Summary Paragraph(Q1–Q7 と対応)。
その他のオンライン資料
| リソース | 概要 | リンク |
|---|---|---|
| The Science of Scientific Writing | 読みやすさの認知科学的原則 | American Scientist |
| Duke Scientific Writing Resource | 理系ライティングの自習教材 | duke.edu |
| 今日からできる再現可能な論文執筆 | 国里愛彦による WS 資料 | ykunisato.github.io |
| 京都大学 情報基礎演習 教科書 | 情報系学生向け学術文書ガイド | doi.org |
| 西井淳「論文の書き方の掟」 | 理系論文の実践的執筆規則集 |
まとめ:この章の幹
- 論文=読者との論理的契約。タイトル→アブスト→イントロ第1文で結んだ範囲を超えず、イントロで約束した問いは Discussion で必ず回収する。
- 設計はまず「何を書かないか」を決めること。IMRaD は標準だが絶対ではなく、研究の論理を最も正確に伝える構成を逆算する。
- 各セクションの役割:Intro=問いを立てる、Methods=再現可能性(法廷記録)、Results=事実のみ・Observation→Proposal、Discussion=RQ への答えと限界の峻別。
- 図は論証の装置。キャプションだけであらすじが通る状態にしてから本文を書く。タイトルは扱う話題の上限。
- 査読対応の宛先はエディター。返答は論点→証拠→限界→修正の4段階。批判は科学を磨く砥石。
- AI は代筆者でなく検査器・壁打ち。初稿を書かせず、推敲・論理チェック・反論シミュレーションに使う。検証と開示は著者の責任。
参考文献
英語文献
- APA (2020). Publication Manual of the American Psychological Association (7th ed.). ― 引用・参考文献の書式,論文構成の標準規定.
- Booth, W. C., Colomb, G. G., Williams, J. M., Bizup, J., & FitzGerald, W. T. (2024). The Craft of Research (5th ed.). University of Chicago Press.
- Day, R. A., & Gastel, B. (2022). How to Write and Publish a Scientific Paper (9th ed.). Greenwood.
- Dworkin, J. D., et al. (2020). The extent and drivers of gender imbalance in neuroscience reference lists. Nature Neuroscience, 23, 918–926.
- Glasman-Deal, H. (2020). Science Research Writing: For Native and Non-Native Speakers of English (2nd ed.). World Scientific.
- Heard, S. B. (2022). The Scientist’s Guide to Writing (2nd ed.). Princeton University Press.
- McNutt, M. K., et al. (2018). Transparency in authors’ contributions and responsibilities to promote integrity in scientific publication. PNAS, 115(11), 2557–2560.
- Mensh, B., & Kording, K. (2017). Ten simple rules for structuring papers. PLOS Computational Biology. DOI
- Sagan, C. (1980). Cosmos. Random House. ― 「Extraordinary claims require extraordinary evidence(並外れた主張には並外れた証拠が必要である)」.邦訳『コスモス』朝日新聞社.
- Patrias, K. (2007). Citing Medicine: The NLM Style Guide (2nd ed.). NCBI. ncbi.nlm.nih.gov
- Pinker, S. (2014). The Sense of Style. Viking.
- Platt, J. R. (1964). Strong inference. Science, 146(3642), 347–353.
- Rennie, D., Yank, V., & Emanuel, L. (1997). When authorship fails. JAMA, 278(7), 579–585.
- Schimel, J. (2012). Writing Science. Oxford University Press.
- Strunk, W., & White, E. B. (2000). The Elements of Style (4th ed.). Longman.
- Swales, J. M., & Feak, C. B. (2012). Academic Writing for Graduate Students (3rd ed.). University of Michigan Press.
- University of Chicago Press (2017). The Chicago Manual of Style (17th ed.).
- Wallwork, A. (2016). English for Academic Correspondence (2nd ed.). Springer.
- Wallwork, A. (2016). English for Writing Research Papers (2nd ed.). Springer.
- Wallwork, A.(前平謙二・笠川梢訳, 2021)『ネイティブが教える 日本人研究者のための英文レター・メール術』講談社.
- Chaubey, V.(成田悠輔監訳・布施雄士訳, 2024)『迷走しない!英語論文の書き方 秘密は「構造」作りにあり』講談社.
日本語文献
- 木下是雄(1981)『理科系の作文技術』中公新書.
- 阿部幸大(2024)『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』光文社.
- 金出武雄(2003)『素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術』PHP研究所.
- 保城広至(2024)『基礎からわかる論文の書き方』講談社.
- ブース,W. C.,コロンブ,G. G.,ウィリアムズ,J. M. ほか(川又政治訳,2018)『リサーチの技法』ソシム.(The Craft of Research, 4th ed. の邦訳)
- 原田豊太郎(2000)『理系のための英語論文執筆ガイド』講談社ブルーバックス.
- 酒井聡樹(2017)『これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版』共立出版.
- 結城浩(2013/2014)『数学文章作法 基礎編/推敲編』筑摩書房.
- 谷内江望(2026)『アカデミアの泳ぎ方―研究の世界に生きるための哲学と実践』羊土社.(論文執筆ではエディター・レビュアー・読者が対面にいる,という見方。『実験医学online』の連載「アカデミアの泳ぎ方」を単行本化したもの)
規格・ガイドライン
- ICMJE Recommendations. icmje.org
- CRediT (Contributor Roles Taxonomy). ANSI/NISO Z39.104-2022. credit.niso.org
- Citation Style Language (CSL). citationstyles.org
- EQUATOR Network. equator-network.org
- Think. Check. Submit. thinkchecksubmit.org
- Center for Open Science ― Registered Reports. cos.io